2010年07月27日
音楽なこと
昨日、お菓子のご予約をいただいていた方のところに、
配達に行ってきました。
「お茶でもどうぞ」
と声をかけていただいたので、
ご好意に甘えておうちの中へ。
入り口にはドラムセット、
お部屋の中には民族色の濃い打楽器。
なんだか、とても懐かしい感じ。。
人のおうちなのに、とても落ち着き、
1時間近く長居してしまいました(苦笑)。
そして、その後行ったお店でも、楽器に遭遇。
店内の音楽もよかったけれど、
お客さんの一人がおもむろにギターを手にして、
ポロロンと。。
なんだか、癒されました。
そして、帰りの車の中で、思い出した一文。
「思考のギターの低音をかきならすのは
『しかし』という銀色の言葉なのだといった人」
先日このブログで紹介した詩人:長田弘さんの著作、
『世界は一冊の本』の中にあった一文です。
かっこいい表現ですね。。
さすが、詩人です。
『しかし』という言葉。
『しかし』という銀色の言葉。
なんとなくわかるような気がします。
「思考」とセットとしての『しかし』。
決して高音ではないし、ピアノやバイオリンではない気がします。
現状に対する疑問や不満があり、
それを受け入れなければいけないこともわかる、
でも、『しかし』。。
「しかし、しかし、しかし・・」
「しかし、今のままでいいのか?」
その先を求めるからこそ、
希望を抱くからこそ、
『しかし』という言葉が出てくるような気がします。
それを声高に叫ぶのではなく、
地を這うように、奏でていく低音のギター。。
人間と音楽の歴史も古いですね。
何も娯楽なんてなかった頃でも、音楽は、ありましたものね。
というか、音楽は人とともにずっとありますね。
今のように、高価なものや、便利なものはなかったけれど、
人が集い、手をたたき、足を踏み鳴らし、歌い踊ることで
シアワセになれた時代があったのです。
きっと、本当は、人の声も、風の音も、虫の鳴き声も、
みんな全部音楽なんだと思います。
音を楽しめたら音楽なんです。
鼓膜が震える。
音を感じる。
その振動がカラダを伝い、
ココロに届く。。
音楽な人生もいいなと思った一日でした(笑)。
配達に行ってきました。
「お茶でもどうぞ」
と声をかけていただいたので、
ご好意に甘えておうちの中へ。
入り口にはドラムセット、
お部屋の中には民族色の濃い打楽器。
なんだか、とても懐かしい感じ。。
人のおうちなのに、とても落ち着き、
1時間近く長居してしまいました(苦笑)。
そして、その後行ったお店でも、楽器に遭遇。
店内の音楽もよかったけれど、
お客さんの一人がおもむろにギターを手にして、
ポロロンと。。
なんだか、癒されました。
そして、帰りの車の中で、思い出した一文。
「思考のギターの低音をかきならすのは
『しかし』という銀色の言葉なのだといった人」
先日このブログで紹介した詩人:長田弘さんの著作、
『世界は一冊の本』の中にあった一文です。
かっこいい表現ですね。。
さすが、詩人です。
『しかし』という言葉。
『しかし』という銀色の言葉。
なんとなくわかるような気がします。
「思考」とセットとしての『しかし』。
決して高音ではないし、ピアノやバイオリンではない気がします。
現状に対する疑問や不満があり、
それを受け入れなければいけないこともわかる、
でも、『しかし』。。
「しかし、しかし、しかし・・」
「しかし、今のままでいいのか?」
その先を求めるからこそ、
希望を抱くからこそ、
『しかし』という言葉が出てくるような気がします。
それを声高に叫ぶのではなく、
地を這うように、奏でていく低音のギター。。
人間と音楽の歴史も古いですね。
何も娯楽なんてなかった頃でも、音楽は、ありましたものね。
というか、音楽は人とともにずっとありますね。
今のように、高価なものや、便利なものはなかったけれど、
人が集い、手をたたき、足を踏み鳴らし、歌い踊ることで
シアワセになれた時代があったのです。
きっと、本当は、人の声も、風の音も、虫の鳴き声も、
みんな全部音楽なんだと思います。
音を楽しめたら音楽なんです。
鼓膜が震える。
音を感じる。
その振動がカラダを伝い、
ココロに届く。。
音楽な人生もいいなと思った一日でした(笑)。
Posted by とちの実 at 07:53│Comments(0)
│徒然なもの