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2010年07月10日
言葉について。
先日読んだ本の中で、
養老孟司さんが「昔に比べて言葉が軽くなった」と指摘していました。
”言葉が永続するもの”という感覚がなくなったと。
昔は、自分は変わっても言葉は変わらないという考え方が基本にあって、
「自分が変わる」というのが前提で、
いくら変わっても守るのが約束だった。
反対に、約束をしても、事情が変わったら変えていいというのが今の感覚で、
それは、「自分が変わらない」っていうのを暗黙の前提にしてる、
と。
昔は自分が変わることがわかっているから、
逆に変わらないものにかけたわけで、
その変わらないものっていうのが言葉で、
それが約束だった。
今の政治なんかを見ていると、
「言葉は軽くなったなぁ」と
思わざるをえません。。
そして、自分が変わったことを認めようとしない人が
あまりにも多い。。(苦笑)
この文章を読んで、自分の中にある詩を思い出しました。
「君へ」
君は好きなことを、好きなふうにやるべきだ。
そのことが他人から見て、どんなに変でも、損でも、バカだと言われても、気にするな。
だって彼らは、君の願いを知らない。
君が何を目指し、何に向かっているのかを知らない。
君は彼らとは違うものを見ているのだから。
あの、強い思いだけを、繰り返し思い出して。
そのことを忘れないで。
他人の説教やからかいなど気にせずに、どんどんやりなさい。
けして周りを見たらダメだ。
仲間はいないんだ、少なくとも途中には。
君はやりたいように、どんどんやりなさい。
やりたいことを。
好きなやり方で。
その行為が同時に君を救うだろう。
その行為は同時に人をも救うだろう。
そのことを忘れないで。
これは、銀色夏生さんの詩です。
姉が高校生の時、銀色夏生さんの本をいくつか持っていて、
その影響で知った作家さんでした。
だから、私はその時中学生。
その後、発刊された詩集に載っていて、
それからずっと、私のなかにある詩です。
だから、こんなに”好きなこと”に対して貪欲に
生きてきてしまったのかもしれません(苦笑)。
何度も何度も読んできた詩だけれど、
この詩に出会った頃の私と、
今の私はずいぶん違う気がします。
言葉は変わりません。
変わっていくのは、私の方なのです。
でも、変わらない私もいます。
この詩を求める私は変わらないのです。
”変わっていくもの”と、”変わらないもの”。
人は変わりますが、言葉は変わりません。
”変わっていくもの”と、”変わって欲しくないもの”。
だから、人は言葉を発明したのかもしれません。
アインシュタインが言うように、
私たちの住む世界が驚くほどに秩序だった奇跡的なものだとしたら、
私たち人間だけが手にした”言葉”という道具は、
やはり意味があり、奇跡的な力を持つものではないかと思うのです。
人と人を、人と何かを結びつける、
素晴らしい力があるのではないかと思うのです。
なぜなら、言葉は、ココロに直接触れることができるからです。
そして、言葉を発するのは、人なのです。
養老孟司さんが「昔に比べて言葉が軽くなった」と指摘していました。
”言葉が永続するもの”という感覚がなくなったと。
昔は、自分は変わっても言葉は変わらないという考え方が基本にあって、
「自分が変わる」というのが前提で、
いくら変わっても守るのが約束だった。
反対に、約束をしても、事情が変わったら変えていいというのが今の感覚で、
それは、「自分が変わらない」っていうのを暗黙の前提にしてる、
と。
昔は自分が変わることがわかっているから、
逆に変わらないものにかけたわけで、
その変わらないものっていうのが言葉で、
それが約束だった。
今の政治なんかを見ていると、
「言葉は軽くなったなぁ」と
思わざるをえません。。
そして、自分が変わったことを認めようとしない人が
あまりにも多い。。(苦笑)
この文章を読んで、自分の中にある詩を思い出しました。
「君へ」
君は好きなことを、好きなふうにやるべきだ。
そのことが他人から見て、どんなに変でも、損でも、バカだと言われても、気にするな。
だって彼らは、君の願いを知らない。
君が何を目指し、何に向かっているのかを知らない。
君は彼らとは違うものを見ているのだから。
あの、強い思いだけを、繰り返し思い出して。
そのことを忘れないで。
他人の説教やからかいなど気にせずに、どんどんやりなさい。
けして周りを見たらダメだ。
仲間はいないんだ、少なくとも途中には。
君はやりたいように、どんどんやりなさい。
やりたいことを。
好きなやり方で。
その行為が同時に君を救うだろう。
その行為は同時に人をも救うだろう。
そのことを忘れないで。
これは、銀色夏生さんの詩です。
姉が高校生の時、銀色夏生さんの本をいくつか持っていて、
その影響で知った作家さんでした。
だから、私はその時中学生。
その後、発刊された詩集に載っていて、
それからずっと、私のなかにある詩です。
だから、こんなに”好きなこと”に対して貪欲に
生きてきてしまったのかもしれません(苦笑)。
何度も何度も読んできた詩だけれど、
この詩に出会った頃の私と、
今の私はずいぶん違う気がします。
言葉は変わりません。
変わっていくのは、私の方なのです。
でも、変わらない私もいます。
この詩を求める私は変わらないのです。
”変わっていくもの”と、”変わらないもの”。
人は変わりますが、言葉は変わりません。
”変わっていくもの”と、”変わって欲しくないもの”。
だから、人は言葉を発明したのかもしれません。
アインシュタインが言うように、
私たちの住む世界が驚くほどに秩序だった奇跡的なものだとしたら、
私たち人間だけが手にした”言葉”という道具は、
やはり意味があり、奇跡的な力を持つものではないかと思うのです。
人と人を、人と何かを結びつける、
素晴らしい力があるのではないかと思うのです。
なぜなら、言葉は、ココロに直接触れることができるからです。
そして、言葉を発するのは、人なのです。